「オルカンなら安心」は本当か?バックテストで検証するACWIの意外な弱点
はじめに:なぜこの記事を書くのか NISA口座でオルカン(eMAXIS Slim全世界株式)を積み立てている方にとって、この記事はあまり気持ちの良い内容ではないかもしれません。 筆者はオルカンという商品自体を否定するつもりはありません。低コストで世界中の株式に投資できる優れた商品であることは間違いありません。 ただし、**「世界に分散しているから安心」「長期で積み立てれば必ず報われる」**という思い込みについては、一度立ち止まって、データで確認してみる価値があると考えています。 この記事では、オルカンが連動を目指しているMSCI ACWI(全世界株式指数)のパフォーマンスを、S&P 500と比較する形でバックテストし、2つの重要な事実を明らかにします。 検証① 長期リターン:ACWIはS&P 500に一度も勝てていない まず、最も基本的な比較からはじめましょう。MSCI ACWI指数とS&P 500指数の年次リターンを並べてみます。 以下は、iShares MSCI ACWI ETF(ティッカー:ACWI)の年次リターンと、同時期のS&P 500のリターンを比較したものです(Yahoo Finance等の公開データに基づく)。 年 ACWI S&P 500 差 2010 +12.8% +15.1% S&P +2.3 2011 −7.9% +2.1% S&P +10.0 2012 +16.8% +16.0% ACWI +0.8 2013 +22.4% +32.4% S&P +10.0 2014 +3.8% +13.7% S&P +9.9 2015 −2.2% +1.4% S&P +3.6 2016 +8.4% +12.0% S&P +3.6 2017 +24.4% +21.8% ACWI +2.6 2018 −9.1% −4.4% S&P +4.7 2019 +26.6% +31.5% S&P +4.9 2020 +16.3% +18.4% S&P +2.1 2021 +18.7% +28.7% S&P +10.0 2022 −18.4% −18.1% S&P +0.3 2023 +22.3% +26.3% S&P +4.0 2024 +17.5% +25.0% S&P +7.5 2025 +22.4% +25.0%* S&P +2.6 *(2025年のS&P 500は概算値) ...
「貯蓄から投資へ」は本当に起きている:2,700万人が動き出した日本の変化
はじめに:「投資なんて怖い」と言っていた日本人が動いた 日本人は投資が嫌いだ——そう言われてきました。 家計の金融資産のうち、現金・預金の比率は50%超。アメリカの13%、ユーロ圏の34%と比べて突出して高い。「投資は損する」「株はギャンブル」という意識が根強く、「貯蓄から投資へ」というスローガンは20年以上前から掲げられてきたものの、実態はほとんど変わりませんでした。 しかし、2024年に風向きが変わりました。 金融庁の最新データによれば、2025年6月末時点でNISA口座数は約2,696万口座に達しています。新NISAがスタートした2024年1月以降、わずか1年半で約570万口座が新たに開設されました。 累計買付額は63兆円を超え、政府が掲げた目標(2027年末までに56兆円)をすでに2年前倒しで達成しています。 「貯蓄から投資へ」は、もはやスローガンではなく、実際に起きている構造変化です。 数字で見る変化の全体像 具体的なデータを確認しましょう。 NISA口座の爆発的増加 時点 NISA口座数 累計買付額 2023年12月末(新NISA前) 約2,125万 約35.2兆円 2024年12月末 約2,558万 約52.4兆円 2025年6月末 約2,696万 約63.1兆円 政府目標(2027年末) 3,400万 56兆円(達成済み) ニッセイ基礎研究所のレポートによれば、2024年は全ての年代でNISA口座数が増加し、特に20代以下の伸びが際立っています。20代から60代まで、NISA口座の保有率は20%を超えました。 実際に「使っている」人が急増 口座を開いただけでなく、実際にお金を投じた人も大幅に増えています。2024年に実際に買付があったNISA口座は1,650万口座で、前年の1,269万口座から380万口座も増加しました。 さらに注目すべきは、売却が極めて少なかったという事実です。つみたて投資枠での売却額はわずか1,813億円にとどまり、買付額4.97兆円の3.6%に過ぎません。新NISAの制度恒久化と投資期間の無期限化が、「買ったら持ち続ける」という行動を後押ししています。 家計の金融資産構成が変化 日本銀行の資金循環統計によれば、2024年末時点の家計金融資産は2,239兆円で過去最大を更新しました。その中で株式等の比率は**19.4%**と、2023年末の17.7%から上昇しています。 わずか1年で1.7ポイントの上昇。小さく見えるかもしれませんが、2,239兆円の1.7%は約38兆円に相当します。日本の家計から株式市場に向かう資金の規模感が、いかに大きいかがわかります。 なぜ今、日本人は投資を始めたのか この変化には、いくつかの構造的な理由があります。 ① 新NISA制度の圧倒的なインパクト 2024年1月にスタートした新NISAは、旧制度と比較して大幅に使いやすくなりました。 非課税期間が無期限に(旧NISA:一般5年、つみたて20年) 年間投資枠が360万円に拡大(旧つみたてNISA:40万円) 生涯投資枠1,800万円が新設 つみたて投資枠と成長投資枠の併用が可能に 特に「非課税期間が無期限」という変更は、心理的に大きな影響を与えました。「いつか非課税期間が終わる」という焦りがなくなったことで、長期投資のハードルが一気に下がったのです。 ② インフレの実感 前回の記事で詳しく解説した通り、日本のインフレは定着しつつあります。消費者物価は2%以上の上昇が45ヶ月連続で続いています。 「預金に入れておけばお金の価値は減らない」という時代は終わりました。 スーパーで食品の値段が上がり、外食費も上がり、電気代も上がる。その一方で、銀行預金の金利はほぼゼロ。この状況が続けば、「何か手を打たなければ」という危機感を持つ人が増えるのは自然なことです。 ③ 情報環境の変化 YouTube、SNS、ブログなどで投資に関する情報が爆発的に増えました。以前は「証券会社の窓口に行く」というハードルがありましたが、今はスマートフォンで5分あれば口座が開設でき、100円から投資を始められます。 特に20代〜30代の若い世代にとって、投資はもはや「特別なこと」ではなく、「やって当たり前のこと」になりつつあります。 この資金シフトが日本株にとって意味すること ここからが、このブログの読者にとって最も重要なポイントです。 ① 国内からの「買い手」が構造的に増えている 日本株市場には、大きく分けて3種類の投資家がいます。 外国人投資家:短期〜中期の売買の主役。資金量は大きいが、出入りが激しい 機関投資家(年金、保険会社など):長期の安定した買い手だが、リバランス時に売り手にもなる 個人投資家:長年は「逆張り」(株が下がると買い、上がると売る)が主流だった 新NISAの普及により、個人投資家が「毎月コツコツ買い続ける」という新しい買い手層として存在感を増しています。つみたて投資枠を使って毎月一定額を自動的に買い付ける投資家は、株価が上がっても下がっても買い続けます。 これは市場にとって非常に重要な「安定した買い需要」です。 ② ただし、お金の多くは海外に流れている ここで一つ、見逃せない事実があります。 新NISAで最も人気のある投資信託は、圧倒的にオルカン(全世界株式)とS&P 500です。つまり、日本の家計から投資に向かったお金の大半は、日本株ではなく海外株式に流れているのが現状です。 これは皮肉な状況です。日本人が「貯蓄から投資へ」動いた結果、その投資資金が海外に流出し、円安をさらに助長する構図になっています。 ③ だからこそ「日本株への回帰」に大きな余地がある しかし、裏を返せば、これは日本株にとって巨大なアップサイドの可能性を意味します。 ...
NISAでオルカンを持つ人が見落としている為替リスク
「分散しているから安心」の落とし穴 NISAでオルカン(eMAXIS Slim全世界株式)を積み立てている方は多いと思います。「世界中に分散投資しているから安心」——そう考えている方も少なくないでしょう。 でも、一つ大切な問いかけをさせてください。 その資産の通貨構成を確認したことはありますか? オルカンの構成比率を見ると、約63.9%が米国株です(2025年11月末時点)。つまり、資産の6割以上がドル建てで運用されています。さらに、残りの部分もユーロやポンドなどの外貨建てが大半を占めており、実は**円建ての資産(日本株)はわずか4.9%**にすぎません。 つまり、オルカンを持っているということは、資産の約95%が外貨建てということです。 「分散」されているのは株式の銘柄や地域であって、通貨リスクについてはほとんど分散されていない——これが、多くの個人投資家が気づいていない重要なポイントです。 為替がリターンに与える影響は、想像以上に大きい 具体的な数字で考えてみましょう。 仮に、オルカンの基準価額がドルベースで年間10%上昇したとします。一見、良い年に見えますね。でも、同じ期間にドル円が155円から130円に円高が進んだ場合、どうなるでしょうか。 ドルベースのリターン:+10% 為替の変動:155円→130円(約16%の円高) 円建てのリターン:約−8% 株価は上がっているのに、円建てではマイナスになってしまいます。 これは極端な例ではありません。実際に2025年前半、まさにこれに近いことが起きました。米国株の軟調さに円高が重なり、オルカンの基準価額は一時16%以上下落しています。ドルベースでの下落幅以上に、円建てでのダメージが大きくなったのです。 「長期で持てば為替は平準化される」は本当か? 為替リスクを指摘すると、よく返ってくる反論があります。 「長期投資なら為替の影響は平準化される。気にしなくていい。」 この考え方は、ある意味では正しいです。20年、30年の超長期で見れば、為替の上下は均されていく傾向はあります。 しかし、歴史を振り返ると、5年から10年という単位で一方向に為替が動き続けた局面は、決して珍しくありません。 いくつかの例を挙げてみましょう。 1985年〜1995年:プラザ合意をきっかけに、ドル円は240円台から79円台へ。約10年間で60%以上の円高が進行しました。この間にドル建て資産を保有していた日本人投資家は、株価が上がっていても円建てでは大幅なマイナスを経験しています。 2007年〜2011年:リーマン・ショック前の124円台から、東日本大震災後の2011年10月には史上最安値の75円台まで円高が進行。わずか4年間で約40%の円高です。 2021年〜2024年:逆に、日米金利差の拡大を背景に110円台から一時161円台まで大幅な円安が進行。この期間にオルカンを保有していた方は、円安による「下駄」を履いた状態でリターンが底上げされていました。 ここが重要なポイントです。過去数年のオルカンの好調なリターンには、かなりの部分で「円安のブースト」が含まれているのです。もし今後、円高に転じた場合、同じブーストが逆方向に働きます。 2026年以降、円高に向かう可能性は? では、今後の為替はどう動くのでしょうか。もちろん為替の予測は誰にとっても難しいことですが、いくつかの構造的な変化が起きつつあります。 ① 米国の利下げサイクル トランプ大統領が次期FRB議長に指名したケビン・ウォーシュ氏は、最近の発言で利下げを支持する姿勢を明確にしています。米国が利下げサイクルに入れば、日米金利差は縮小し、円高圧力が高まります。 ② トランプ政権のドル安志向 SBI証券のレポートでも指摘されていますが、トランプ政権は貿易赤字削減と国内産業保護のため、ドル安誘導政策を志向する可能性があります。これは直接的に円高要因となり得ます。 ③ 日銀の利上げ余地 日本銀行は緩やかながら利上げの方向にあります。高市政権のもとで急激な引き締めは考えにくいものの、政策金利が少しでも上がれば、金利差縮小→円高の方向に作用します。 これらの要因が重なれば、中期的に円高が進行する可能性は十分にあります。 シミュレーション:円高で何が起きるか もう少し具体的に見てみましょう。 今、NISAでオルカンを300万円保有しているとします。ドルベースでファンドの価値が年5%ずつ成長した場合、為替レートの違いでリターンがどう変わるかを比較してみます。 3年後のシミュレーション(ドルベース年率+5%の場合): 為替シナリオ 3年後の円建て評価額 リターン 155円のまま(横ばい) 約347万円 +15.8% 155円→140円(約10%円高) 約314万円 +4.5% 155円→125円(約19%円高) 約280万円 −6.7% 155円→110円(約29%円高) 約246万円 −18.0% ドルベースでは3年間で15.8%成長しているのに、為替次第ではマイナスになる可能性があることがわかります。 「為替ヘッジあり」のファンドを選ぶ手もありますが、ヘッジコスト(現在は日米金利差分で年4〜5%程度)がかかるため、リターンをかなり圧迫します。万能な解決策とは言えません。 では、どうすればいいのか 為替リスクを完全にゼロにすることは、海外資産に投資する限り不可能です。それでも、いくつかのことは考えられます。 ① ポートフォリオの中で日本株の比率を見直す 最もシンプルな対策です。日本株であれば為替リスクがありません。前回の記事でもお伝えしましたが、過去5年のTOPIXのリターンはS&P 500やNASDAQを上回っています。「日本株はリターンが低い」という先入観は、もう過去のものかもしれません。 ② 為替が「高い」ときに一括投資を避ける 円安が大幅に進んでいる局面(つまりドルが「高い」局面)で大きな一括投資をすると、その後の円高でダメージを受けやすくなります。積立投資(ドルコスト平均法)を基本にしつつ、一括投資のタイミングには注意を払うことが大切です。 ③ 為替リスクを「意識する」だけでも価値がある ...
ケビン・ウォーシュとは何者か:新FRB議長が日本の投資家に与える影響
はじめに:FRB議長の人事は、あなたのNISAに影響する 2026年1月30日、トランプ大統領は次期FRB(米連邦準備理事会)議長にケビン・ウォーシュ氏を指名しました。現議長のジェローム・パウエル氏の任期は5月に満了し、上院の承認を経てウォーシュ氏が後任に就く見通しです。 「FRBの議長人事なんて、自分の投資には関係ない」と思った方もいるかもしれません。 でも実は、FRB議長が誰であるかは、NISAでオルカンやS&P 500を保有している日本の投資家にとって、非常に大きな意味を持ちます。なぜなら、FRBの金利政策はドル円の為替レートに直結し、それがドル建て資産の円換算リターンを左右するからです。 この記事では、ウォーシュ氏がどんな人物なのか、彼のもとでFRBの金融政策がどう変わりうるのか、そしてそれが日本の投資家にとって何を意味するのかを、できるだけわかりやすく解説します。 ケビン・ウォーシュの経歴 まず、基本的な経歴を押さえておきましょう。 年齢:55歳 学歴:スタンフォード大学卒業、ハーバード大学ロースクール修了 職歴:モルガン・スタンレーの投資銀行部門でM&Aを担当。その後、ジョージ・W・ブッシュ政権でホワイトハウスの経済顧問を務める FRB理事(2006〜2011年):35歳で就任し、史上最年少のFRB理事に。リーマン・ショック時にはバーナンキ議長の側近として危機対応にあたり、緊急融資プログラムの設計に関わった 現在:スタンフォード大学フーバー研究所のフェロー。また、著名ヘッジファンドマネージャーのスタンレー・ドラッケンミラー氏のファミリーオフィスにも勤務 注目すべきは、ウォーシュ氏の義父がロナルド・ローダー氏であることです。エスティ・ローダーの創業家一族で、トランプ大統領とはペンシルバニア大学ウォートン校の同窓生。長年にわたる友人・側近であり、共和党の大口献金者としても知られています。 この家族関係から、ウォーシュ氏がトランプ政権と対立的な姿勢を取る可能性は低いとの見方が一般的です。 タカ派からハト派へ:ウォーシュの「変節」 ウォーシュ氏を理解する上で最も重要なのは、金融政策に対するスタンスが大きく変化しているという点です。 かつてのウォーシュ:筋金入りのタカ派 FRB理事時代(2006〜2011年)のウォーシュ氏は、インフレを強く警戒する「タカ派」として知られていました。 2008年のリーマン・ショック直後、多くの経済学者が大規模な景気刺激策を求める中、ウォーシュ氏は依然としてインフレリスクを主要な懸念事項として挙げていました。CNNの報道によれば、2008年6月のFOMC会合で「インフレリスクが経済にとって最も大きなリスクだ」と発言しています。 その後、FRBが大量の国債購入(量子緩和、QE)を拡大したことに反対し、2011年にFRB理事を辞任しました。FRBのバランスシートが「肥大化」していると批判し、「FRBにおけるレジームチェンジ(体制変革)」を訴えてきました。 今のウォーシュ:利下げを支持 しかし、最近のウォーシュ氏は明らかに方向転換しています。 2025年7月のCNBCのインタビューでは「利下げは正しいバランスに戻すためのプロセスの出発点だ」と発言。同年11月のウォール・ストリート・ジャーナルへの寄稿では、「FRBはインフレの原因が経済の成長や賃金上昇にあるという教条を捨てるべきだ」と主張しました。 この転向の論拠はAI(人工知能)による生産性向上です。ウォーシュ氏は、AIがもたらす生産性の飛躍的な向上がデフレ圧力として作用するため、従来の枠組みよりも低い金利が適切だと考えています。「生産性が年1%上昇すれば、一世代のうちに生活水準は倍になる」と述べています。 この「変節」をどう見るか、市場関係者の間でも意見は分かれています。 エバーコアISIのクリシュナ・グハ氏は「タカ派としての評判があり、独立性があると見なされているからこそ、他の候補者よりもFOMCのメンバーを説得して利下げに持ち込む力がある」と評価しています。 一方で、ルネサンス・マクロ・リサーチは「ウォーシュのキャリア全体を通じて、彼はタカ派だった。今のハト派転向は都合によるものだ」と指摘し、「大統領は騙されるリスクがある」と警告しています。 ウォーシュ就任で金利はどうなるか では、実際にウォーシュ氏がFRB議長になった場合、金利はどう動くのでしょうか。 現在のFF金利(フェデラル・ファンド金利)は3.5〜3.75%です。主要な予測を整理しましょう。 予測機関 2026年の利下げ見通し ウェルズ・ファーゴ 年後半に0.25%×2回の利下げ。年末で3.00%付近 ブルッキングス研究所(ロビン・ブルックス氏) 6月以降に合計1.00%の利下げ。年末で2.5〜2.75% JPモルガン 据え置き継続の可能性。ウォーシュでも大幅利下げは困難 外為先物市場 年内約0.4%の利下げを織り込み ここで重要な点を押さえておきましょう。 FRB議長は一人で金利を決められるわけではありません。 金利を決定するFOMC(連邦公開市場委員会)は12人の投票権を持つメンバーで構成されており、議長はあくまでその中のリーダーです。外交問題評議会(CFR)のレポートが指摘するように、直近の1月のFOMC会合では、12人中10人が金利据え置きを支持し、利下げを求めたのは2人だけでした。 つまり、ウォーシュ氏がいくら利下げしたくても、FOMCの多数派を説得できなければ金利は動かないのです。 ただし、中期的に見れば、利下げの方向性はほぼ確実と言えます。問題はそのペースとタイミングです。 日本の投資家にとっての意味 ここからが、このブログの読者にとって最も大切な部分です。 ① ドル円への影響:円高圧力 米国の利下げが進めば、日米金利差が縮小し、円高ドル安の方向に力が働きます。 さらに、トランプ政権自体がドル安を志向しているという指摘もあります。ウォーシュ氏の義父であるローダー氏は、トランプ大統領のグリーンランド買収構想のきっかけを作った人物としても知られており、政権との関係の深さが伺えます。 円高が進めば、NISAでドル建て資産(オルカン、S&P 500 ETFなど)を保有する投資家は、以前の記事で詳しくお伝えした通り、為替差損のリスクにさらされます。 ② バランスシート縮小の「副作用」 ウォーシュ氏はFRBのバランスシート縮小(保有する国債等の削減)を強く支持しています。Fox Businessのインタビューでは「印刷機の稼働を少し減らし、バランスシートを縮小すれば、大幅に低い金利が実現できる」と述べています。 しかし、ここには矛盾があります。バランスシートを縮小すれば、長期金利には上昇圧力がかかります。つまり、短期金利(FF金利)は下げても、住宅ローンなどに影響する長期金利は必ずしも下がらない可能性があるのです。 JPモルガンのフェローリ氏はこの点について「バランスシートの話は専門的に聞こえるが、住宅ローン金利への影響は現実的だ」と警告しています。 ③ 日本株にとっては追い風 一方、日本株の投資家にとっては、ウォーシュ氏の就任はポジティブな材料です。 米国の利下げ→円高が進めば、相対的に円建て資産である日本株の魅力が高まります。海外投資家から見れば、円高は日本株の割安感を解消する方向に作用しますし、日本経済のファンダメンタルズ(前回の記事で触れたガバナンス改革、インフレ定着、高市政権の積極財政)が維持されていれば、日本株への資金流入はさらに加速する可能性があります。 まとめ:ウォーシュの「本当の姿」はまだわからない ウォーシュ氏については、率直に言って、不確実性が大きいです。 タカ派なのかハト派なのか。トランプ大統領の言いなりになるのか、独立性を保つのか。AIによるデフレ論は本物の信念なのか、議長指名を得るための方便だったのか。 CNNの記事のタイトルが象徴的です:「もしウォーシュがFRB議長に就任したら、どちらのウォーシュが現れるのか?」 ただし、一つだけ確実に言えることがあります。 ...
なぜ今、日本株なのか:データが示すオルカン一択の盲点
はじめに 「NISAでオルカンを積み立てておけば大丈夫」 最近、こうしたアドバイスをよく見かけるようになりました。SNSやYouTubeでも、まるで正解のように語られています。 でも、本当にそれだけで十分なのでしょうか? 本記事では、少し違った角度から投資を考えてみたいと思います。結論を先にお伝えすると、筆者は2026年以降、日本株がグローバル指数を中長期的に上回る可能性が高いと考えています。 その理由を、データ、マクロ環境、制度改革、政治環境の4つに分けて、できるだけわかりやすくお話しします。 1. まず、データを見てみましょう 下のチャートは、過去5年間の主要な株価指数を比較したものです(スタート地点を100として揃えています)。 ご覧の通り、TOPIXは約200に達しており、S&P 500やNASDAQ、ドイツのDAX、上海総合指数のいずれよりも高いリターンを記録しています。 意外に思われた方も多いのではないでしょうか。 それもそのはずです。日本の投資系メディアでは「米国株が最強」「オルカンで世界に分散すれば安心」という論調が圧倒的に多く、日本株の好調さはあまり話題になっていません。 ここで一つ、大切なポイントがあります。オルカン(eMAXIS Slim全世界株式)の中身を見ると、構成比率の約60%が米国株です。つまり、「世界中に分散しているつもり」でも、実際にはかなりの部分を米国に集中投資していることになります。 そして、その米国株が過去5年でTOPIXに負けている——これは、多くの方が気づいていない大切な事実です。 2. 新FRB議長と為替リスク:NISAの盲点 次に、これからのマクロ環境について考えてみましょう。 2026年1月30日、トランプ大統領は次期FRB(米連邦準備理事会)議長にケビン・ウォーシュ氏を指名しました。ウォーシュ氏は元FRB理事(2006〜2011年)で、リーマン・ショック時に当時のバーナンキ議長のもとで危機対応にあたった経験を持つ人物です。モルガン・スタンレーの投資銀行部門出身で、現在はスタンフォード大学フーバー研究所のフェローを務めています。 注目すべき点がいくつかあります。 まず、ウォーシュ氏の義父はロナルド・ローダー氏——エスティ・ローダーの創業家の一族であり、共和党の大口献金者として知られています。ローダー氏はトランプ大統領とペンシルバニア大学ウォートン校の同窓で、長年にわたる友人・側近とされています。この家族関係から、ウォーシュ氏がトランプ政権と対立的な姿勢を取る可能性は低いとの見方が市場関係者の間で広がっています。 さらに重要なのは、ウォーシュ氏自身の金融政策に対するスタンスの変化です。かつてはインフレを警戒するタカ派として知られていましたが、最近は利下げを支持する発言を繰り返しています。2025年7月のCNBCのインタビューでは「利下げは正しいバランスに戻すためのプロセスの出発点だ」と述べ、ウォール・ストリート・ジャーナルへの寄稿では、AIによる生産性向上がデフレ圧力をもたらすと指摘しました。 こうした流れを踏まえると、米国が利下げサイクルに入る可能性は相当程度高まっていると考えるのが自然でしょう。 利下げが進むと、日米の金利差が縮小し、為替は円高ドル安の方向に動きやすくなります。 ここで気をつけたいのが、NISAで海外株式のファンドを持っている場合の影響です。オルカンなどのグローバル株式ファンドは、ドルなどの外貨建てで運用されています。円高が進むと、たとえファンドの価値がドルベースで横ばいだったとしても、円に換算した時のリターンは目減りしてしまいます。 過去5年でもすでに米国株はTOPIXに劣後しています。そこにさらに円高が重なると、差はもっと広がるかもしれません。 意外なことに、多くのNISA解説ブログやYouTubeチャンネルでは、この為替リスクについてあまり詳しく触れていません。「長期で持てば為替の影響は平準化される」という意見もありますが、5年、10年といった単位で円高が続いた時期は、過去に何度もあります。 為替のリスクは、やはり頭の片隅に入れておいた方が安心です。 3. 日本企業が変わり始めています 3つ目にお伝えしたいのは、日本企業そのものの変化です。 東京証券取引所は、プライム市場に上場する企業に対して、PBR(株価純資産倍率)が1倍を下回っている状態の改善を求める要請を出しました。簡単に言うと、「会社の価値をもっと高める努力をしてください」というメッセージです。 これに加えて、アクティビスト(物言う株主)の活動も活発になっています。海外の有名なファンドだけでなく、国内の大手機関投資家も、スチュワードシップ・コードに基づいて企業に対して「もっと株主に利益を還元してください」と積極的に働きかけるようになりました。 その結果、配当金の増額や自社株買いが急速に広がっています。しかも、その伸びは企業の利益成長を上回るペースで進んでいます。 正直に言えば、こうした動きが日本企業の経営の質そのものを根本から変えたかどうかは、まだわかりません。しかし、少なくとも確実に言えることがあります。それは、企業の意識が変わったということです。株主還元に対する姿勢は明らかに前向きになっており、この流れが後退する可能性は低いと考えています。 むしろ、東証の要請やコーポレートガバナンス・コードといった制度的な枠組みが整備されている以上、企業が「株主を意識しなくてよかった時代」に戻ることは難しいでしょう。経営の本質が変わったかはともかく、株主還元の改善トレンドは今後も続く——その蓋然性は十分に高いと思います。 投資家にとって重要なのは、この変化が配当利回りの向上や自社株買いによる一株あたり利益(EPS)の押し上げを通じて、株価の下支え要因になるという点です。 4. 高市政権の「責任ある積極財政」 最後に、政治環境について触れておきましょう。 2026年2月8日の衆院選で、高市早苗首相率いる自民党は316議席を獲得し、戦後初めて単独で衆院の3分の2以上を占める歴史的な圧勝を収めました。中曽根政権の300議席(1986年)、小泉政権の296議席(2005年)を上回る記録的な数字です。 この結果が意味するのは、政権基盤の圧倒的な安定です。高市政権は参院で否決された法案を衆院で再可決する力を持ち、政策の実行力は大幅に強化されました。 注目すべきは、高市首相が掲げる**「責任ある積極財政」**という経済政策の基本方針です。これは、行き過ぎた緊縮財政から転換し、積極的な財政支出によって経済成長を促す路線を意味しています。具体的には以下の施策が打ち出されています。 物価高対策と家計支援:電気・ガス代やガソリン代の負担軽減、ガソリン税の旧暫定税率の廃止、所得税の基礎控除引き上げ 成長投資:AI・半導体、造船、量子技術、宇宙、海洋資源などの重点分野に大規模投資を展開 2025年度補正予算:財政支出21.3兆円の経済対策を閣議決定。「積極財政により国力を強くする」と明言 金融政策については、高市首相は政府と日銀の連携を重視する姿勢を取っています。第一生命経済研究所のレポートによれば、需要超過の状態を維持することで供給力の拡大を促す「高圧経済政策」を志向していると分析されています。極端な日銀への圧力はかけにくいとしながらも、日銀の利上げペースに対してはブレーキがかかりやすい環境と言えます。 株式市場にとってのポイントは以下の3つです。 第一に、政権の安定性。衆院で圧倒的多数を確保したことで、政策の継続性と予測可能性が大幅に高まりました。これは海外投資家が日本株を評価する際の重要なプラス材料です。 第二に、財政出動の規模。成長分野への大規模な政府投資は、関連企業の収益を押し上げる可能性があります。 第三に、金融緩和的な環境の維持。利上げのペースが緩やかにとどまることで、企業の資金調達コストが抑えられ、株式市場にとっては追い風になります。 高市首相自身も「為替変動にびくともしない日本をつくる」と発言しており、国内投資の強化による内需主導の成長路線を明確にしています。 まとめ:日本株のことも、少し考えてみませんか もちろん、分散投資が大切であることに変わりはありません。一つの国や地域に集中しすぎるのはリスクがあります。 ただ、「オルカンだけ買えば安心」と思い込んでしまうのは、少しもったいないかもしれません。 過去5年のパフォーマンスデータ、新FRB議長のもとでの米国利下げと円高リスク、日本企業の株主還元の加速、そして高市政権の積極財政——こうした要素を踏まえると、ポートフォリオの中で日本株の比率を見直してみる価値は十分にあると思います。 このブログでは、今後もこうした視点から日本株に関する情報をお届けしていきます。少しでもみなさまの投資の参考になれば幸いです。 ※本記事は特定の金融商品の購入・売却を推奨するものではありません。投資に関する最終的なご判断は、ご自身の責任でお願いいたします。
円安バブルの終わり:あなたのNISAの「含み益」は本物か?
はじめに:NISA口座の含み益、中身を確認していますか? 2024年1月に新NISAがスタートして以来、多くの方がオルカンやS&P 500の投資信託を積み立ててきたと思います。口座を開くと、嬉しいことに含み益が出ている方も多いのではないでしょうか。 でも、ここで一つ質問です。 その含み益のうち、「株価の上昇」によるものはどのくらいで、「円安」によるものはどのくらいか、把握していますか? この記事では、2021年から2024年にかけての大幅な円安が、ドル建て資産のリターンをどれだけ底上げしてきたかを確認し、その「円安ボーナス」が逆転したときに何が起きるかを考えます。 2021〜2024年:歴史的な円安の3年間 ドル円相場の動きを振り返りましょう。 時期 ドル円レート 2021年1月 約103円 2022年10月 約151円(32年ぶりの円安) 2024年7月 約161円(37年半ぶりの円安) わずか3年半で、ドル円は103円から161円へ。約56%の円安が進行しました。 これは何を意味するのでしょうか。仮にこの期間中、S&P 500がドルベースで1ドルも動かなかったとしても、円建てで見ると56%の利益が出ていることになります。 つまり、NISAでドル建て資産を持っていた人は、株価が上がらなくても、円安だけで大幅な含み益を得ていたのです。 含み益の「分解」をしてみよう 実際には株価も上がっていたので、リターンはもっと大きく見えます。ここで、2021年1月から2024年末までのS&P 500の円建てリターンを、株価要因と為替要因に分解してみましょう。 S&P 500(2021年1月→2024年12月、概算): ドルベースのリターン:約+45% 円安の効果(103円→156円):約+51% 円建ての合計リターン:約+120% つまり、円建てリターン120%のうち、半分以上が円安によるものです。 オルカンも同様の構造です。資産の約95%が外貨建てであるため、円安の恩恵をほぼフルに受けています。 NISA口座を見て「倍になった!」と喜んでいる方は、その利益の半分が為替の「下駄」であることを理解しておく必要があります。 円安は「ボーナス」だが、永遠には続かない 為替には必ずサイクルがあります。以前の記事で詳しく見た通り、ドル円は歴史的に5〜10年の単位で大きなトレンドが転換してきました。 1985〜1995年:240円→79円(約10年間の円高トレンド) 1995〜1998年:79円→147円(約3年間の円安トレンド) 2007〜2011年:124円→75円(約4年間の円高トレンド) 2012〜2024年:75円→161円(約12年間の円安トレンド) 2012年から始まったアベノミクス以降の円安トレンドは、すでに12年以上続いています。これは歴史的に見ても非常に長い周期です。 そして今、トレンド転換を示唆する要因がいくつも揃いつつあります。 円高に向かう3つの力 ① 米国の利下げサイクル ケビン・ウォーシュ新FRB議長のもとで、2026年後半には利下げが見込まれています。米国の金利が下がれば、日米金利差が縮小し、ドルの魅力が低下します。これは直接的な円高要因です。 ② トランプ政権のドル安志向 トランプ大統領は繰り返し「ドルは高すぎる」という立場を示しています。貿易赤字の削減と国内製造業の保護には、通貨安が政策的に望ましいからです。 ③ 日銀の利上げ 日銀はすでに政策金利を0.5%まで引き上げており、今後も緩やかな利上げが予想されています。日本の金利が上がれば、相対的に円の魅力が増し、円高圧力となります。 シミュレーション:円高が来たらNISAの含み益はどうなる ここが最も重要な部分です。 NISAでS&P 500の投資信託を200万円保有しており、現在の含み益が80万円(評価額280万円)だとします。このうち株価上昇分が40万円、円安分が40万円と仮定します。 ドル円が155円から以下の水準に動いた場合、どうなるでしょうか。 ドル円 為替の影響 含み益の変化 残る含み益 155円(現状) — — 80万円 140円(約10%円高) 約−28万円 為替益が消失 約52万円 125円(約19%円高) 約−53万円 大幅減少 約27万円 110円(約29%円高) 約−81万円 ほぼゼロ 約−1万円 ドル円が110円まで戻れば、80万円の含み益はほぼ消えます。 ...
外国人投資家が日本株に再注目している背景:プロのマネーが語る5つの理由
はじめに:海外のプロが「日本株を買う」と言っている 個人投資家の多くがNISAでオルカンやS&P 500を積み立てている一方で、面白い動きが起きています。 世界最大級の資産運用会社や投資銀行が、そろって日本株に対して強気な見通しを出しているのです。 ゴールドマン・サックス、JPモルガン、ブラックロック、ジャナス・ヘンダーソン、インベスコ、大和アセットマネジメント——これだけの名前が並ぶと、偶然とは言えません。 実際に、2025年の第2四半期以降、外国人投資家による日本株への資金流入は約13.5兆円に達し、TOPIXが3,000、日経平均が50,000円をそれぞれ初めて突破する原動力になりました。 この記事では、海外のプロ投資家がなぜ今、日本株を選んでいるのか、その理由を5つに整理してお伝えします。 理由① デフレからの脱却:30年ぶりの「インフレ定着」 日本経済にとって最も大きな構造変化は、30年以上続いたデフレからの脱却です。 JPモルガンは、日本がインフレ率2%以上を4年連続で維持していることを指摘し、これが「30年以上で最も長い期間」であると述べています。 なぜこれが株式市場にとって重要なのでしょうか。 デフレ下では、モノの値段が下がり、企業は値上げができず、利益率が圧迫されます。消費者は「待てば安くなる」と考え、お金を使いません。この悪循環が、日本企業の低収益性の根本原因でした。 それが今、変わりつつあります。企業は値上げができるようになり、利益率が改善しています。賃金も上昇し、消費が回復しています。ゴールドマン・サックスのレポートによれば、日本企業のEPS(一株あたり利益)成長率は、2008年から2019年までの年率約2%から、直近では年率8%に加速しています。 つまり、日本企業の収益力そのものが構造的に改善しているのです。これは一時的なブームではなく、デフレ脱却という30年ぶりの環境変化に裏打ちされた変化です。 理由② コーポレートガバナンス改革の「次のフェーズ」 前回までの記事でも触れてきた東証のPBR1倍割れ是正の要請やアクティビストの台頭。海外の投資家は、これらの動きを非常に高く評価しています。 特に注目されているのは、2026年に予定されているコーポレートガバナンス・コードの改訂です。IFA Magazineのレポートによれば、次の改訂では以下の点が強化される見込みです。 戦略的な資本配分:企業が現金や内部留保をどう使っているかの説明を求める 透明性の向上:政策保有株(持ち合い株式)の目的の明確化と、最終的な受益者の開示 原則ベースのアプローチの再確認:形式的な対応ではなく、自社のガバナンスの考え方を説明する姿勢を求める 具体的な数字も印象的です。日本企業の自社株買いは2025年に約18兆円に達する見通しで、これはコロナ前の2倍以上の水準です。配当も5年連続の増配が見込まれています。平均ROE(自己資本利益率)は8.4%から9%に改善しています。 ある運用会社のコメントが、この変化を端的に表しています。「10年前の日本企業と今の日本企業はまったく別物だ。効率性と透明性が格段に向上し、株主利益との整合性が明確になった」。 理由③ 「米国集中リスク」からの分散先としての日本 これは個人投資家にとっても重要な視点です。 S&P 500は過去数年間、驚異的なリターンを叩き出してきました。しかし、その裏側には深刻な集中リスクがあります。S&P 500の上位10銘柄が指数全体の30%以上を占めており、テクノロジーセクターへの依存度が極めて高い状態です。 ブラックロックは、2025年に日本株ETFへのオーストラリア投資家からの資金流入が前年の3倍に達したことを報告しています。その背景として「米国市場の集中度への不安から、投資家が新たな成長機会を探している」ことを挙げています。 JPモルガンも、日本株に対する見通しの中で「国際投資家・国内投資家ともに、日本株へのポジションはまだアンダーウェイト(配分不足)の状態にある」と指摘しています。つまり、まだ資金流入の余地が大きいということです。 日本の株式市場は時価総額で約7.9兆ドル(約1,234兆円)。世界第3位の規模を持つにもかかわらず、グローバル投資家のポートフォリオにおける比率はまだ低い水準にとどまっています。この「アンダーウェイト解消」の動きが進めば、それ自体が日本株の上昇要因になります。 理由④ 高市政権の「サナエノミクス」への期待 海外投資家にとって、日本の政治リスクが低下したことも大きなプラス材料です。 インベスコのレポートは、2025年10月の高市首相就任後、「外国人投資家が日本株に回帰し、市場の熱狂が高まった」と記しています。高市政権の経済政策は海外では「サナエノミクス」とも呼ばれ、注目を集めています。 具体的には以下の点が評価されています。 積極財政:2025年度補正予算21.3兆円の経済対策。AI・半導体・宇宙・量子技術など成長分野への大規模投資 政権の安定性:衆院選での歴史的圧勝(316議席、単独で3分の2以上)により、政策の実行力が大幅に強化 日米関係の安定:トランプ大統領の訪日を含む外交成果 大和アセットマネジメントは「高市政権は追い風となる。成長戦略は特に注目に値する」と評価し、ブラックロックも「強力な財政支援プログラムが国内経済への追い風になる」としています。 政治の安定は、海外投資家が最も重視する要素の一つです。政策が予測可能であること、長期にわたって一貫した方向性が維持されること——これらは、日本株への長期投資を判断する上で不可欠な条件です。 理由⑤ 利益成長の加速と割安感 最後に、最もシンプルで重要なポイント——日本企業の利益が伸びているということです。 ジャナス・ヘンダーソンは2026年に日本株が二桁のEPS成長を達成する可能性があるとの見方を示しています。輸出セクターの回復、堅調な国内需要、そして利上げによる金融セクターの収益改善が主な要因です。 ゴールドマン・サックスも、2026年のEPS成長率を8〜9%と予想しています。 そして、この利益成長に比べて、日本株のバリュエーション(株価指標)は依然として割安な水準にあります。ロード・アベットのレポートによれば、MSCI ACWI(米国除く)のPER(株価収益率)は、S&P 500に対して36%のディスカウント。つまり、利益に対して株価がまだ安いということです。 利益が伸びている。バリュエーションが割安。ガバナンス改革が進んでいる。政治が安定している。——これだけの条件が揃えば、海外のプロが日本株を買うのは当然の判断と言えるでしょう。 個人投資家にとっての意味 ここまで読んでいただいた方は、お気づきかもしれません。 海外のプロ投資家が日本株を買っている理由は、このブログで前回までにお伝えしてきた内容とほぼ一致しています。 デフレ脱却とインフレ定着 コーポレートガバナンス改革と株主還元 高市政権の積極財政 米国一極集中からの分散 違いがあるとすれば、海外の機関投資家はすでに行動に移しているということです。13.5兆円という資金が、2025年後半だけで日本株に流入しています。 個人投資家の多くがまだオルカンやS&P 500に集中している今、日本株に目を向けるということは、プロの投資家と同じ方向を向くことを意味しています。 もちろん、プロが買っているからといって必ず上がるわけではありません。しかし、世界中の運用会社が同じ方向を指しているとき、その根拠を無視するのはもったいないのではないでしょうか。 次回は、ケビン・ウォーシュとは何者か——新FRB議長を読み解く記事をお届けします。 ※本記事は特定の金融商品の購入・売却を推奨するものではありません。投資に関する最終的なご判断は、ご自身の責任でお願いいたします。
個人投資家がプロに勝てる唯一のポイント
はじめに:プロは本当に強いのか 「機関投資家にはかなわない」——多くの個人投資家がそう感じています。 ヘッジファンドにはPhDを持つクオンツアナリストがいる。年金基金には数十人の運用チームがある。外資系証券会社にはリアルタイムで世界中の情報が集まる端末がある。 プロの投資家たちの資金力、情報量、分析能力が個人投資家を圧倒していることは事実です。 しかし、確信していることが一つあります。 個人投資家がプロに対して持っている、たった一つの、しかし決定的な優位性があります。 それは「時間」です。 プロの投資家が抱える「時間の制約」 これは、業界の外にいる方にはなかなか見えない構造です。 四半期という呪縛 機関投資家の多くは、四半期ごとにパフォーマンスを評価されます。 ヘッジファンドのファンドマネージャーは、3ヶ月ごとに運用成績を顧客に報告しなければなりません。2四半期連続でベンチマークを下回れば、解約の通知が届きます。年金基金の運用担当者も、理事会に対して定期的な説明義務があります。 この仕組みが生む行動パターンは明確です。 「正しいと思っても、短期的に株価が下がるポジションは持てない」 たとえば、ある企業が3年後に大きく成長すると確信していても、今後6ヶ月間は業績が低迷する見通しであれば、プロのファンドマネージャーはその株を買うことをためらいます。なぜなら、6ヶ月後の評価で「なぜこんな株を持っているのか」と問い詰められるからです。 ベンチマークへの縛り 多くの機関投資家は、TOPIXやMSCI Japanといったベンチマーク(指標)に対する相対パフォーマンスで評価されます。 これが意味するのは、ベンチマークから大きく離れたポジションを取るリスクを避けるということです。ベンチマークに含まれる大型株を中心に保有し、独自の判断で小型株や不人気銘柄に大きく賭けることは、キャリアリスクを伴います。 「間違えても皆と同じなら許される。正しくても皆と違えば問題になる」——これがプロの世界の現実です。 資金規模の制約 大手の機関投資家は、運用する資金が大きすぎるがゆえに、小型株に投資できないという制約もあります。 時価総額が小さい企業に数百億円を投じれば、自分の買いで株価が急騰してしまいます。そして売るときには、自分の売りで暴落する。このため、多くの機関投資家は時価総額の大きい銘柄にしか投資できません。 個人投資家の「時間の自由」 ここで、個人投資家の状況を考えてみましょう。 あなたには、上司がいません。四半期報告もありません。ベンチマークに勝たなければクビになることもありません。 あなたが持っている最大の武器は、「いつ買って、いつ売るかを、完全に自分で決められる」という自由です。 これがなぜ決定的な優位性なのか。具体的に説明します。 ① 割安なタイミングで買える 株式市場では、定期的に暴落やパニックが起きます。リーマン・ショック、コロナ・ショック、2024年8月の日本株急落——いずれも、ファンダメンタルズ(企業の基礎的な価値)以上に株価が下がった局面でした。 こうした局面で、機関投資家の多くは「リスク管理」の名のもとにポジションを縮小します。顧客からの解約要請に対応するために、優良株まで売らなければならないケースもあります。 一方、個人投資家はパニックの最中に買うことができます。誰からも強制的に売らされることはなく、「良い企業が安くなったから買う」というシンプルな判断ができるのです。 ② 長期で保有できる ある企業が構造的な変化の恩恵を受けると判断したとき、個人投資家はそのポジションを3年でも5年でも持ち続けることができます。 機関投資家にとっての「長期」は、せいぜい1〜2年です。それ以上のスパンで結果が出なければ、ポジションを手仕舞いせざるを得ない圧力がかかります。 このブログでお伝えしてきたような日本株の構造変化——東証改革、インフレ定着、ガバナンス向上、高市政権の成長戦略——は、いずれも数年単位で効果が現れるテーマです。こうしたテーマから利益を得るのに最も適しているのは、時間の制約がない個人投資家です。 ③ 小型株にアクセスできる 時価総額が小さいがゆえに機関投資家が手を出せない企業の中に、実は大きな成長ポテンシャルを秘めた会社が眠っています。 PBR改善に真剣に取り組んでいる中小型株、ニッチな分野で世界シェアを持つ企業、アクティビストが注目し始めた地味な会社——これらは個人投資家だけがアクセスできる「宝の山」です。 「時間の自由」を活かすための3つの条件 ただし、この優位性を活かすには条件があります。 条件①:生活資金と投資資金を分ける 時間の自由を持つためには、投資に回しているお金が「すぐに必要なお金」ではないことが大前提です。 生活費に手をつけてしまうと、株価が下がったときに「損切りしなきゃ」と焦ることになります。これでは、個人投資家最大の武器を自ら手放すことになります。 NISAの枠組みの中で、余裕資金で投資をしている限り、あなたは「時間」という最強の武器を持ち続けられます。 条件②:自分なりの投資根拠を持つ 「SNSで話題だから」「有名な投資家が推していたから」——こうした理由で株を買うと、株価が下がったときに持ち続ける根拠がなくなります。 自分で調べ、自分で考え、自分なりの根拠を持って投資する。そうすれば、株価が下がったときに「自分の分析は間違っていたのか、それとも一時的な下落なのか」を冷静に判断できます。 このブログでは、マクロ経済の大きな流れと、日本株を取り巻く構造変化についてお伝えしてきました。こうした情報を自分の投資判断に組み込んでいただければ幸いです。 条件③:感情に振り回されない 株価が急落すると、人間は本能的に「逃げたい」と感じます。これは正常な反応です。しかし、この本能に従うと、多くの場合「安いところで売って、高くなってから買い戻す」という最悪のパターンに陥ります。 プロの投資家が四半期の評価に追われて冷静さを失う一方で、個人投資家は自分自身の感情さえコントロールできれば、冷静な判断ができる立場にあるのです。 プロが個人に嫉妬する瞬間 プロのファンドマネージャーが個人投資家を羨む場面は、実は珍しくありません。 「あの株、3年前から目をつけていた。でも四半期の数字が悪くて持てなかった。今になって株価は3倍だ」 「小型株でいい会社を見つけた。でもうちのファンドサイズでは買えない」 「暴落の底で買いたかった。でも顧客が解約してきて、逆に売らなきゃいけなかった」 これらはすべて、筆者が実際に聞いた言葉です。 プロが持っていない「時間の自由」を、あなたは持っている。この事実を忘れないでください。 まとめ:あなたの最大の武器を使いこなす 個人投資家の最大の弱みは「情報量」と「分析力」だと思われがちです。しかし、情報はインターネットで民主化され、分析ツールも無料で使える時代になりました。情報格差は確実に縮まっています。 一方、個人投資家の最大の強みである**「時間の自由」は、制度的に機関投資家が絶対に得られないもの**です。 この優位性を活かすために必要なのは、余裕資金での投資、自分なりの根拠、そして感情のコントロール。この3つが揃えば、個人投資家はプロに勝てます。 日本株は今、数十年に一度の構造変化の入り口にあります。インフレの定着、企業ガバナンスの改善、政府の成長戦略、海外投資家の回帰——これらの変化が完全に株価に織り込まれるまでには、まだ時間がかかるでしょう。 その「時間」を味方にできるのは、あなたです。 ※本記事は特定の金融商品の購入・売却を推奨するものではありません。投資に関する最終的なご判断は、ご自身の責任でお願いいたします。 本ブログでは今後、日本株に関するより詳細なセクター分析や個別テーマの深掘りなど、さらに実践的なコンテンツを提供していく予定です。ぜひご注目ください。 ...
高市政権の成長戦略を読み解く:「国策に売りなし」の17分野とは
はじめに:「国策に売りなし」 株式投資の世界には、「国策に売りなし」という格言があります。 政府が国を挙げて推進する分野には、予算がつき、規制が緩和され、民間の投資が呼び込まれる。政策の風を背に受ける企業の株は、中長期的に上昇しやすい。 2025年10月に発足した高市早苗政権は、この格言を地で行くような経済政策を展開しています。**「責任ある積極財政」**を掲げ、総額21.3兆円の経済対策を閣議決定。「日本成長戦略本部」を立ち上げ、17の戦略分野を設定しました。 2025年12月時点で内閣支持率は76%と、近年の政権としては異例の高水準を維持しています。衆議院選挙では与党が316議席を獲得し、安定した政権基盤も確保しました。 この記事では、高市政権の成長戦略の全体像を整理し、個人投資家として知っておくべきポイントを解説します。 「責任ある積極財政」とは何か まず、高市政権の経済政策の基本的な考え方を理解しましょう。 従来の日本政府の財政運営は、「プライマリーバランス(基礎的財政収支)の黒字化」を重視してきました。簡単に言えば、「借金を増やさないこと」を最優先にする考え方です。 高市首相はこの方針を転換し、**「増税に頼らず、経済成長によって税収を増やす」**というアプローチを採用しています。 高市首相の公式サイトでは、「危機管理投資」と「成長投資」によって雇用と所得を増やし、消費マインドを改善し、事業収益が上がることで、「税率を上げずとも税収の増加に向かう『強い経済』を実現する」と明記されています。 この考え方は、アベノミクスと共通する部分もありますが、三井住友DSアセットマネジメントの分析が指摘するように、大きな違いもあります。アベノミクスが「金融緩和」を軸にしたのに対し、高市政権は**「産業政策」**——つまり、政府が主導して特定の産業に集中投資する——色合いが強いのが特徴です。 17の戦略分野:日本の成長を賭けるテーマ 2025年11月に始動した「日本成長戦略本部」は、17の重点投資対象分野を設定しました。これらを大きく4つのカテゴリーに整理してみましょう。 カテゴリー①:テクノロジー・デジタル基盤 AI(人工知能) 半導体 量子技術 情報通信ネットワーク(5G/6G、光通信) AIと半導体は表裏一体です。AI開発にはAIチップ・高性能半導体が必要であり、半導体の設計にはAIが使われる。この分野は政府が「デジタル主権」の確立に直結すると位置づけており、2025年度補正予算では「AI・半導体産業基盤強化フレーム」に基づく大規模な官民投資が決定しています。 TSMCの熊本工場、Rapidusの北海道工場など、すでに数兆円規模のプロジェクトが動いていますが、これはまだ始まりに過ぎません。 カテゴリー②:安全保障・防衛 防衛装備・調達産業 宇宙 海洋 サイバーセキュリティ 防衛費のGDP比2%目標の達成が前倒しで進められており、歳出が大幅に拡大しています。防衛装備の国産化や次世代戦闘機の共同開発、無人機・ドローン技術の軍民両用化など、この分野は今後数年にわたる長期の投資テーマとなります。 カテゴリー③:エネルギー・資源 エネルギー(原発再稼働+再エネ) 次世代電池 核融合 レアアース・鉱物資源 原発再稼働と再生可能エネルギー投資の二正面戦略を展開。次世代電池(全固体電池など)や核融合技術にも国費を投入しています。エネルギーの自立性を高めることは、経済安全保障の根幹です。 カテゴリー④:産業・社会基盤 造船業(官民1兆円規模の投資で再生) フードテック・農業 バイオ・医療 クリエイティブ産業(アニメ・ゲーム・IP) 国土強靱化・インフラ 造船業への大規模投資は意外に見えるかもしれませんが、海洋安全保障と密接に関連しています。また、アニメ・ゲームなどのクリエイティブ産業をIP(知的財産)ビジネスとして成長産業化する方針は、日本の「ソフトパワー」を活かした外貨獲得戦略です。 予算規模:本気度を数字で見る 言葉だけではなく、実際の数字を確認しましょう。 補助金ポータルの分析によれば、2025年度補正予算の一般会計総額は約18.3兆円。このうち**「危機管理投資・成長投資」**として約6.4兆円が計上されています。 減税分を含めた経済対策の総額は21.3兆円。これは岸田政権時代の経済対策と比較しても大規模であり、高市政権の「積極財政」が掛け声だけではないことを示しています。 さらに重要なのは、これが複数年度にわたるロードマップとして設計されている点です。単年度の「バラマキ」ではなく、中期的な産業政策として企業が投資判断をしやすい枠組みを作ろうとしています。 アベノミクスとの違い 投資家として押さえておくべき重要な違いがあります。 アベノミクスは、日銀の異次元緩和(金融政策)が主役でした。円安と株高をもたらしましたが、実体経済の構造改革は限定的だったという評価があります。 高市政権の政策は、財政政策と産業政策が主役です。金融政策は日銀に任せつつ、政府は「どの産業に、どのくらいの規模で、どのくらいの期間」投資するかを明示しています。 EBCの分析は、高市政権がアベノミクスよりも「産業政策色が強い」と評価し、「政府主導の技術育成やサプライチェーン強化に重点を置いている」と述べています。 これは投資家にとって重要な情報です。なぜなら、お金がどこに向かうかが、より予測しやすくなるからです。 リスクも理解する 公平を期すために、リスクについても触れておきます。 ① 財政規律への懸念 日本の政府債務残高はGDP比で260%を超えており、先進国で最も高い水準にあります。ここからさらに借金を増やして投資することに対して、一部の市場参加者は懸念を示しています。長期金利の上昇圧力や国債市場の不安定化は、常に注意が必要です。 ② 「ワイズ・スペンディング」の実行力 大規模な財政支出が本当に成長につながるかは、使い方次第です。「賢い支出」が実現できなければ、借金だけが残るリスクがあります。 ③ 地政学リスク 米中対立の激化、台湾有事リスク、トランプ政権の通商政策——これらの外部要因が、日本経済の見通しを大きく左右する可能性があります。 個人投資家にとっての示唆 では、個人投資家としてこの政策環境をどう活かすべきでしょうか。 ① 「国策銘柄」を意識する 17分野に関連する企業は、政府の予算と規制の追い風を受けます。特にAI・半導体、防衛、エネルギー関連は、政策の恩恵が最も直接的に及ぶ分野です。 ② TOPIXや日経平均でも恩恵を受けられる 個別銘柄の選定が難しければ、TOPIX連動型や日経平均連動型のETFや投資信託を通じて、日本株全体の上昇を取り込むことができます。成長戦略が機能すれば、市場全体が底上げされます。 ...
東証改革とPBR1倍問題:日本企業が変わり始めた本当の理由
はじめに:「PBR1倍割れ」とは何か 投資に詳しくない方でも、「PBR1倍割れ」という言葉を耳にしたことがあるかもしれません。2023年から日本の経済ニュースでたびたび取り上げられるようになったキーワードです。 PBRとは「株価純資産倍率」のこと。計算式は非常にシンプルです。 PBR = 株価 ÷ 1株あたり純資産(BPS) PBRが1倍ということは、株価がその会社の純資産(帳簿上の価値)と同じであることを意味します。つまり、PBRが1倍を下回っている企業は、「会社を今すぐ解散して資産を分配したほうが株主にとって得」という評価を市場から受けていることになります。 これは企業にとって極めて厳しい評価です。「あなたの会社が事業を続けていること自体が、価値を壊している」と言われているのと同じだからです。 東証が動いた:2023年3月の要請 2023年3月31日、東京証券取引所はプライム市場およびスタンダード市場の全上場企業に対して、「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」を要請しました。 メディアでは「PBR1倍割れ改善要請」として報じられましたが、東証の担当者は「PBRの数字を上げること自体が目的ではない」と明言しています。本来の趣旨は、「株主から預かった資金をどう効率的に活用し、成長に結びつけるのかを考え、それを投資家に説明し、対話してほしい」というものでした。 しかし、この要請が持った意味は計り知れません。 なぜなら、この要請以前の日本市場では、プライム市場の約半数の上場企業がPBR1倍割れ、ROE(自己資本利益率)8%未満という状態だったからです。これは欧米の市場と比較して明らかに低い水準であり、長年にわたって海外投資家が日本株を敬遠する大きな理由の一つでした。 海外投資家との面談で最も多く指摘されてきたのが、まさにこの「日本企業のROEの低さ」と「キャッシュを溜め込んで何も使わない経営姿勢」でした。 何が変わったのか:数字で見る改革の進捗 要請から約3年。具体的にどの程度の変化が起きているのでしょうか。 開示の進捗 2024年12月末時点で、検討中を含めてプライム市場企業の**90%**が何らかの開示を行っています。スタンダード市場でも48%が対応済みです。 東証は2024年1月から対応企業の一覧を毎月公表しており、「開示していない企業」が誰の目にもわかる状態を作りました。これが日本の経営者に強い動機を与えました。ある国内の機関投資家は「日本の経営者は競合他社の動向に敏感だ。比較して自分が劣っていると感じてはじめて本気で動く」と語っています。 ROEの改善 いちよし経済研究所のデータによれば、プライム上場企業のROE中央値は、2023年3月の**8.57%から9.15%**に改善しています。前回の記事で紹介した通り、IFA Magazineは平均ROEが8.4%から9.0%に上昇したと報告しています。 数字上はまだ小幅ですが、日本企業のROEが構造的に上昇トレンドに入ったことの意味は大きいです。 PBR1倍割れ比率の低下 プライム市場のPBR1倍割れ比率は**47%から43%**に低下しました。特に業種別では建設・建設資材セクターが78%から44%へ、物流・卸売が43%から22%へと大幅に改善しています。 株価への効果 東証のフォローアップ資料によれば、要請に対応して開示を行った企業群の株価は、開示を行っていない企業群に比べて明確に上回るパフォーマンスを示しています。TOPIXは要請時点からおよそ1.5倍以上に上昇しました。 日本株の最前線から見た「変化の本質」 数字は大切ですが、筆者が最も重要だと感じているのは、日本の企業経営者の意識が変わり始めているという点です。 正直に言えば、この改革にも限界はあります。 日経新聞は「PBR改善は踊り場に来ている」と報じていますし、PwCのレポートも「増配や自社株買いだけではPBRの本質的な改善にはならない。成長ストーリーを示す必要がある」と指摘しています。 筆者もこの見方に同意します。多くの企業が「とりあえず増配・自社株買い」で対応しているのが実情であり、本当の意味での事業の成長戦略を伴っていない場合も多い。 しかし、それでも筆者はこの改革を前向きに評価しています。理由は3つです。 ① 「不可逆」な仕組みが作られた 東証が開示企業の一覧を毎月更新し、公表しているということは、一度始めた改革を止められない仕組みができたということです。「去年は開示したけど、今年はやめます」とは言えない。コーポレートガバナンス・コードも、2026年の改訂でさらに強化される見込みです。制度が企業を動かす構造が確立されました。 ② 外国人投資家がモニタリングしている 前回の記事でお伝えした通り、2025年後半だけで13.5兆円もの海外資金が日本株に流入しました。彼らは改革の進捗を注視しています。海外の機関投資家は、日本企業のガバナンス改善を投資判断の重要な要素として位置づけており、後退すればすぐに資金を引き上げます。 ③ アクティビストの存在が圧力を維持している 以前は日本市場でアクティビスト(物言う株主)が活動することは珍しかったのですが、近年は急増しています。エリオット・マネジメント、バリューアクト、ダルトン・インベストメンツなど、海外のアクティビストが日本企業の株式を取得し、経営改善を要求するケースが相次いでいます。 いちよし経済研究所のレポートでも、PBRが改善した業種の要因として「アクティビストの関与」が明確に挙げられています。 PBRを分解して理解する 少し技術的な話になりますが、PBRの改善メカニズムを理解しておくと、今後の投資判断に役立ちます。 PBRは以下のように分解できます。 PBR = ROE × PER つまり、PBRを上げるには2つのルートがあります。 ROEを上げる:利益率の改善、不要資産の売却、自社株買い(自己資本を減らす) PERを上げる:成長期待を高めることで、投資家が高い株価をつけるようにする 多くの企業がまず取り組んだのは、ROE改善のための「自社株買い」と「増配」です。これは即効性がありますが、それだけでは限界があります。 本質的なPBR向上には、事業そのものの収益力向上と、それを投資家に説得力を持って伝えるIR(投資家向け広報)の力が必要です。東証の要請が「開示」と「対話」を求めている理由は、まさにここにあります。 個人投資家にとっての投資チャンス この改革は、個人投資家にとっても大きなチャンスです。 なぜなら、PBR1倍割れの企業が改善に動くということは、今の株価が割安である可能性が高いということだからです。 特に注目すべきは以下のような企業群です。 PBR1倍未満だが、ROEが改善傾向にある企業 中期経営計画でPBR1倍超を目標に掲げている企業 自社株買いの発表や増配の計画がある企業 アクティビストが株式を取得している企業 東証が公開している開示企業一覧をチェックするだけでも、どの企業が真剣に取り組んでいるか、ある程度の判断ができます。 まとめ:改革は「始まったばかり」 東証のPBR改善要請から約3年。確かに変化は起きています。 プライム市場企業の90%が開示に対応 ROEは8.57%から9.15%に改善 PBR1倍割れ比率は47%から43%に低下 自社株買いは年間18兆円規模に拡大 2026年にコーポレートガバナンス・コード改訂が予定 しかし、欧米企業と比較すればまだ道半ばです。S&P 500のROEは20%前後。日本の9%はまだ半分以下です。 ...